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グロリア台風にひとたまりもなかった戦後の木造家屋

そこで目をつけたコンクリートの家。でも暑かった沖縄の民家といえば、すぐ思いつくのが白い漆喰と赤瓦屋根の木造家屋。だが、実際沖縄を訪れてみると、コンクリート造りの家屋のほうが多く目につく。外壁にはピンクやペールグリーン、ライトブルーといったペンキが塗られ、遠目に見ると積み木の街のようにも見える。ベランダや階段、屋上のてすりには丸や三角など、さまざまな形のブロックがはめ込まれ、積み木の街に幾何学模様を加えている。沖縄の家屋がこのような変貌を遂げた理由について、県内の建築家・親泊仲真氏に聞いてみた。1945年の沖縄戦で、沖縄本島のほとんどの家屋が灰燼に帰した。戦後、少ない資材で家屋が次々と建造されたが、このときはまだ木造家屋だった。ところが1949年の6月、7月と立て続けに吹き荒れた台風によって、家々はまたもや崩壊。特に7月のグロリア台風は、最大瞬間風速64.5メートルを記録し、少ない資材で建てられた木造家屋はひとたまりもなかった。ときを同じくして白アリの被害も多発。

長岡(越後湯沢)から長野・金沢(新潟)へのアウト

翌朝、下り「ムーンライトえちご」から北陸・長野方面に向かう場合には、長岡で乗り換えをするが、その待ち時間は2時間半。6時39分発の新井行き1326Mまで待たなければならない。以前は「ムーンライトえちご」の編成の一部(3両)を使って「ムーンライト新井(迦称)」が運行され、直江津経由で新井までスムーズにいけたが、利用客があまり多くなかったせいか廃止。を境界として会社が異なる点もあるにせよ(同駅以東はJR東日本、西はJR西日本)、JR東日本新潟支社・長野支社とJR西日本金沢支社による善処を望みたい。ぜひとも長野・金沢方面へのスムーズアクセスの復活を。直江津からルートは二手に分かれ、長野方面へは快速「信越リレー妙高4号」、金沢方面へは富山行き540Mに乗り換えとなる。「信越リレー妙高4号」は信越本線特急「あさま」の廃止に伴い、あぶれた189系特急型電車が使われているという、おトクな快速だが、かつての「あさま」の活躍ぶりを知るものにとっては、何か少しその姿が物悲しい。運転室の下のボディーには、特急「あさま」のロゴの跡が、まだうっすらと残っているものも。540Mは、かつて寝台兼昼行特急電車として活躍した583系を改造した419系。乗り心地は抜群だ。その後、富山で再度乗り換え、金沢には11時37分に到着する。一方、「尾瀬ハイク」を越後湯沢で降りたら、6時37分発の長岡行き1723M、その後長岡で新潟行き431Mに乗り継げば、9時25分には新潟に到着だ。

旅先で、地元の人の家に招かれた

旅先で、地元の人の家に招かれた。手料理をごちそうになり、近所の人々も珍客をのぞきに、どんどん集まってくる。そこで必ず出る言葉が、「日本の歌を歌って!」えっ、ど、どうしよう。失敗しがちなのが「さくらさくら」「君が代」の2曲。普段カラオケで歌うことなんてないのに、ついつい頭に浮かんでしまうのはなぜなのか。そして悲しいかな、「君が代」のたるいリズムや「さくらさくら」のマイナーコードは場を思いっきり盛り下げる。絶対に避けるべし。長過ぎず、手拍子を入れやすい歌を選ぶことが第一条件。歌詞につまっちやわない適度に耳なれた曲がいいね。「北国の春」「花」なんかは、アジア各国でカバーされているから喜ばれる。おっと「上を向いて歩こう」も定番として忘れてはいけない。ノリがいい童謡やアニメソングもおすすめ。陽気なタイ人が喜んだのが「おもちゃのチャチャチャ」。「チャチャチャ」のときに、手を叩いてみせよう。「森のくまさん」も現地の人にあとを追って歌ってもらうと盛り上がる。各国で根強い人気の日本アニメ「ドラえもん」を歌うなら『アンアンアン〜』から始めて『こんなこといいな』に入ろう。最後は大合唱になるような盛り上がりになるといいね。